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いつも何かに心惹かれて語りだす、起伏の激しい無節操ライフ。
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(そのバネは私を容赦なく次の季節へ押し出していくの)


気まぐれSS:かたり部語り
〔語り部、女と語る〕



戸が開け放たれたとき、語り部はそのウサギ頭に両手をかけたまま、振り返った。


「表に出なさい」


そこに立つ女性は髪の長い、妙齢のとても綺麗な人で。
不遜な態度で顔の横に立てた親指を後ろへくいと動かす。

絶妙なタイミングで着ぐるみの頭部をはずし損ねた語り部は、両手をだらんと下ろしてついでに肩も落とす。


「ひどいです。ひどいです、あのこさん。俺、今からオフになるはずだったのに」


はーっ、と彼はウサギ頭をはずすこと叶わず、深い溜め息をつく。
しかしあのこと呼ばれた彼女はそんなもの自分の知ったことではないと、語り部を催促する。


「飲みに行くよ。付き合いなさい田口」

「はい、はい」


渋々と語り部は彼女に付き従うように歩きだす。


「本業が一番疲れるんですよ、ね・・・」


抗えないことを呪い諦めながら、語り部は彼女に付き合うこととなったのだ。












たん、とカウンターの上に空になったグラスが置かれる。無言の要求に、語り部は他になすことなく酒を注ぎ足す。


「大丈夫ですか、そんなに呑んで」


語り部の問いに、早くもうすら頬を染めている彼女はゆっくりと首を動かす。


「なんか文句あんの」

「いえ、なんでも」


災厄から身を避けるように語り部はそれ以上は言わなかった。


「それでどうしたんです、今日は」


だいたいの予想はつくが、予想をつかせないこの女性にはまず問わなければならない。語り部は静かに彼女が語り出すのを待った。
彼女は酒のせいで眠たげな、しかし鋭さを失わない眼光をついと隣に向ける。
そして、正面に戻す。


「恋を失ったの」


ウサギ頭のぐるぐる目玉は動かない。


「・・・失恋でもしましたか」

「違う」


即座に言い返される。彼女は不機嫌に聞き手を睨んだ。


「田口。意味、分かってないなんて言わせないわよ」


おぉ、怖い。顔には出さず口にも出さず、語り部は肩をすくめる。


「いやすいませんあのこさん。万一誤解があるといけないのでね」

「そうね。万一誤解があったらその空耳切り落としてやるわ」

「おぉ、怖い」

「田口」

「はい、はい」


すいませんでしたねぇ、と返せば悪態が返ってくる。
なかなかの美人なのに残念と思う反面、だからこそ彼女の魅力でもあるのだろうと彼は客観的にみている。


「俺は悪くないと思いますけどね、1話限りの恋なんて」


響きからして運命的でロマンチックだ。なんて心にもないことをいう男に容赦ない平手打ちがかまされる。
落ちるような重たげな音がした。


「聞く気あんの、ないの」


嫌っそうな顔でひりつく頬を撫でながら、


「あるもないも。本業ですから」


皮肉っぽさもある。田口という男は唇を歪めて笑みを作る。


「気持ち悪っ。あんた鏡見てから表情作るか一生顔隠してなさい」

「ひどいなぁあのこさんは」


言いながら田口は笑い声をあげている。からからと乾燥していて、現実味がないような。
フン、と彼女は酒気混じりに鼻を鳴らす。


「あんたには何も敵いやしないわ」

「ご冗談を」


自分の上司の頭が上がらないものが目の前にいるというのに。
そう言って笑う田口の頬にしなやかな女の指が伸びる。


「アタシは、誰もって言ったんじゃないの。何もって言ったの分かってる田口?」

「痛い痛い、痛いですあのこさん」


田口の頬は痛々しくつねりあげられている。


「俺だって好きでこうされてるわけじゃないんですから。どうしたって仕事なんですよ、仕事」

「怒るよ」

「もう怒ってんじゃあ、ないですかぁひはいひはい」


痛い痛いと口では言っても田口の表情には痛覚の反応があまり反映されていない。
そのままの状態でたっぷり22秒も経過すれば多少は頬に色もつくが。


「いってー。・・・あのこさんてサァ、こんなんだけどこんなんだからモテるんですよねぇ」


この頬の色は酒のせいにできるだろうか、いやできまい。
指で触れて爪痕を確認した田口は酒に口をつけることを諦め、透き通らないで天井から注がれるライトを湛えている透明な液体を見詰めるに留まった。


「俺には分かりませんよ。恋人に困らない貴女が毎度毎度のごとくに恋に惑っている姿は。
 何故皆決められたかのようにあのこさんの魅力に惹きつけられるのかも意味分かりません」

「あんたそれ褒めてんの」


据えられた眼差しに睨まれて、田口はにやりと口角を上げた。


「褒めてますとも」

「とてもそうは思えないけどね」


また鼻を鳴らすかと思えば舌打ちでもなく、けっと詰まったような意図的な息を吐き出された。


「ははっ、あからさまだことで」


わざとらしい笑い声。田口がグラスの中身をあおれば、女もそれにならう。男よりかよほど似合う姿だ。


「で、まさかその魅力があまりにも攻撃的で失ってしまったとか」


何を、とは言わなかった。酒を注ぎついでに上目でうかがうその様に、女は不思議と怒りを覚えなくなっていた。


「ばか言うんじゃないわよ、田口」


静かに女は語り出す。


「アタシのは、恋愛じゃないんだもの」


彼女はグラスに視線を落とす。


「初めから出会いが決められた恋。叶わないことが約束された恋。
 結ばれるなんて、あとには死しかない。・・・愛がないのよ」


色も形も美しい唇から悩ましげに零れる吐息。女は間違いなく美しかった。


「愛が、欲しいんですか」


放り出された言葉が無造作すぎて、女は一拍の沈黙をおいて、笑った。


「そうかもね。この世界には作られたものとアタシが作る愛しかないから」


責任重大なのよ、分かる?
今日初めての微笑みに文句などない。
分かってますとも。田口の相槌は話の流れを滞らせない。


「話の中とは違う意味で、純愛を求めちゃってるわけだ」

「あははっ田口ったら上手いこと言うー」


酔いが回ってきたようで、女に笑顔が増えていく。


「だって何が楽しいわけ?自分が映画のヒロインで相手がすごい好みで素敵で惹かれあってキスしてもさ、愛しあってゴールインしたとしてもさ、それ、所詮は映画の中での俳優の仕事でしかないんだからさ」


整えられた長めの女の爪がグラスをつつく。それは艶やかな肌の色だったが、おそらく誰に聞いても彼女の指先に似合うのは不透明でビビッドな赤だと答えるだろう。

「そのときは楽しいよ。自分でこうありたいと思った作品を、恋を演じられるんだから。ただ」


一度、女は言葉を切った。
聞き手は彼女を見守っている。


「本当に好きになったとしてもね、相手が愛してくれたとしてもね、物語が終わったらそこで終わってしまうの。
 脚本家のアタシが書いたシナリオを忘れるくらい夢中になっても、アタシのシナリオには必ず終わりがあるから。役者のアタシは、シナリオには逆らえない」


絶対に。それはこの世界の絶対のルールだ。


「ねぇあのこさん。ならいっそ、役者をやめたら」


田口は言った。


「出会いと別れは男女におけるロマンスですよ。でもいつも俺は思うんです。
 つらいだけじゃないですか、別れるために恋をするなんて」


それもひとつの形といってしまえばそれまでだが。
それでも彼は話をしてくれる。


「あのこさん。貴女は脚本家だ。俺たちの行動は言動は心情はすべて貴女のペンがしるす言葉の羅列で決められてしまう。この世界のすべてを思い通りにできるも同然だ。
 なぁあのこさん。そんな貴女が何故演じているんだい。自分の敷いた線路の上をまるで他人に走らされるようなことをしているんだい」

「逆よ。アタシは自由だから、不自由な世界の中で自由になりたいの」


迷いのない言葉だった。
田口は無表情から、「ふは、」と息つくような笑い声を漏らした。


「さすが、さすが。あのこさんの考えることは分からんねぇ」


こらえるようにくっくと笑う。これでも不意をつかれたらしい。


「それでこそ俺たちの脚本家だ。そして兼名役者。
 そんな貴女が俺たちは好きかもしれないよ」

「それはどうも。私は語り部より田口の方が好きだわ。
 私嫌いなのよね、ウサギみたいな男」

「わぁひどい。俺の顔をウサギにしたの、貴女じゃないすか」

「だからよ。ウサギ男なら遠慮なく罵倒できる」

「いい性格してらっしゃることだねぇ。俺は監督が可哀相でならなくなるよ。
 一応聞きますがダイさんはナシなんですか、やっぱり」

「ないわね、あの人だけは」

「ふはは、ダイさんフラれてやんの」


田口はグラスの中身をぐっと飲み下す。いまだ顔に酔いは見られない。
女はすっぱりと同僚を言い切り捨てた後で、微笑む。


「あの人にだけは、たぶんアタシの恋は生まれない。
 ペンが動きたくないってごねるのよ。ベタな意外性は書きたくないって」

「あのこさん、オリジナリティを追い求める人ですもんね」

「そ。感情じゃないの。これはね」


穏やかな表情で、女はアルコールで唇を濡らす。


「アタシやっぱり、語り部より田口が好きだわ。語りじゃなくて、アタシの愚痴を聞いてくれる。
 結果的に救われなくても、今日のところは生きていけるから」


しばしの間をおいて、おもむろに田口は自分の頭に手をのばし、後ろを掻いた。


「どうなんですかね。ま、本業なんで俺にはどうにも」

「それでいいのよ、あんたは。田口はアタシの個人的な傑作だわ」

「お役に立てればそりゃどうも。・・・あァ、そうだ」


わざとらしくぱぽんと田口は手を打った。


「あのこさん、次は恋愛を書いてみたら」


突然の提案に、女性の顔が不機嫌にひん曲がる。


「えーっ。あんた話聞いてた?言っておくけどね、いくら好きだった役者でももう一度違う話で書く気はないからね。また同じ男なんてつまりやしない」

「別れという条理に翻弄されても自己を突き通す我等があのこさん。勘違いしちゃあいけない」


田口は指を振った。機械のような動きだった。


「ベタな展開にならざるを得ない恋愛語りがお嫌いなあのこさん。ならば恋愛しない恋愛じゃない恋愛を書けばいいんです。最初から、失う必要のない存在しない純粋な愛を書けばいいんですよ」


言って、語り部が笑ったような気がした。彼の頭は、さっきまで床に転がっていたウサギの着ぐるみの頭部にきつちりと収まっている。

女性はしばらく目を丸くしていたが、ふいと視線をあらぬ方向へ漂わせて、戻した。
顔の赤みを除けば酔う前の表情に戻っていた。


「語り部の分際で言ってんじゃないわよ」


あぁ、勿体ない。その女性はもう一度滑稽なウサギ頭をひっぱたいて、床に転がしてやろうかと思った。


「口の縫い目から酒が飲めるようになってからね、ウサギ男」


容赦なしにガラスの破裂音を叩きつけて彼女は席を立ち、長い髪を揺らして颯爽と出て行ってしまった。

ハリウッド女優のような後ろ姿を手をひらひらさせて見送り、語り部はカウンターの向こうへと向き直る。


「ツケらしいです」

「ふざけんなお前が払え」


カウンターの向こうからキツイ声音とタオルが飛んでくる。顔面からそれを受け止めて、語り部は頭部を擦った。


「あぁーあ、染みになるんかねぇこれ」

「赤ワインだからな、ナムサン」


カウンターの声に遠慮はない。


「監督に残業手当てお願いできっかな」

「・・・つくづくお前の上司が可哀相だ」

「そこが監督の不憫でかわいいとこだよ」

「お前薄黒いな」

「今は赤紫ですよ。・・・あ、本業は管轄外か」

「残念お疲れ。とりあえず飲め」


どうも、と酒の注がれたグラスを手にした語り部だが、


 「おい、どうしたよ」
 
カウンターからの声が訝しむ。
グラスを見つめながら、ぽつんと語り部は悲しげだった。
 

「マスター。俺、縫い目から酒は飲めそうにない」


語り部の頭上から冷水が落ちた。大量のアイス・ロックが床に砕け散る。
ワインの染みが滲んで、ウサギのピンクはより奇怪じみてきていた。
 

「ほれ、こんだけやりゃあ縫い目でもなんでも染み込むだろ」


カウンターからは悪びれもない言葉しか投げられない。
滴る水滴が数回床を叩いた後、語り部は頭に手をかけて、ごとん、とカウンターにウサギの顔面を落とした。
彼に新しいタオルが突き出すように手渡される。彼は湿っぽい髪にそれを引っ掛けて、赤紫の頭と並んでカウンターに額を下ろした。
 

「ほんっと疲れるなぁ、田口は」
 

彼しか知らない呟きに、労うかのようなワイングラスがカウンターに音なく置かれる。
田口は顔を上げずに、マスターとグラスを交わした。
 







<これって新キャラ登場でいいのかしら。
 久々に語り部です。シリーズなのか危うくなってきましたがシリーズだと言い張ります。だって響きが好きなんだもーん。(それが理由か)
 まぁ(おそらく)数少ない語り部の読み手である友人のリクエストにようやく答えることができましたと。この話考えたの丸一年前なんですけどね←
 それで、新キャラである彼女は一応メインメンバーとなります。その話限りのキャラとの違いは名前と、役者以外の役割があること。ちなみに誰一人本名明かしてません。
 今回は語り部世界の恋についてですが・・・我ながら分かりづらい。別館にあげる時にでも書き直すかもしれません。
 ようするに、あのこさんは脚本家なので自分の知らない結末を探してるんですって話。作られた物語じゃない恋愛を求めてるんですよって話です。この世界では無理な話なんですが。
 まぁ今回はキャラ紹介の話と認識してくれても構いませんがね。
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HN:
三条 静流
HP:
性別:
女性
職業:
学生
自己紹介:
三条の生態日記。
時々気まぐれにイラストとかSS小説とか出ます。
現在主に書いてるオリジナル小説は『かたり部語り』シリーズです。


三条静流の代名詞:
骸狂。カフェイン中毒。絵描きで物書き。むくろふぃりあ。半腐り。骸狂。
モットーは気ままに気まぐれにマイペースに。
曖昧なものと強烈なものに伴う感動をこよなく愛する。
受験終了しました。新生活もなんとかやっていきたい。
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